LIFE’S A BITCH

通学電車内の暇潰しっす

ボリューム

退屈だ。とても退屈だ。

最近吸い始めたタバコも、薄いタールにはすっかり慣れた。今は吐いた煙を眺めるだけで退屈は一向に紛れやしない。

雨を含んだ重たい曇り空がまた気分を鬱蒼とさせる。

 

俺は今電車の中にいる。電車はエアコンが効いて涼しいがちっとも快適じゃない。

耳にイヤホンを付けて音楽を聴く。好きな音楽も何度も聴いてるせいで聞き飽きた。退屈は無くならない。

音量を調節するボリュームスライダーを4分の3に合わせる。このくらいが丁度いい。次の停車駅を教える車内放送は聞き取れないが、3年間毎日通う大学の帰り道だ、車窓から見える景色の変化が次に乗り換える駅を教えてくれる。

 

2年程前、電車で音楽を聴いていた。ボリュームスライダーは4分の3だ。

二つ隣に座る男に音漏れを注意された。腹が立った。隣に座る女はどう思っていただろう。

俺はその時、怒りという感情は、それを起因させる別の感情が根底にあるのではないかと思った。この場合根底にある感情は羞恥心だ。公共の場で他人の耳障りになる音量で音楽を聴いていた。俺が明らかに悪い。そして公共の場で注意を受けた。ここで羞恥心が現れる。しかしそれは認知できない。それが直ぐに怒りを誘発するからだ。

人前で注意を受けるという俺を羞恥させる感情よりも、怒りの感情の方が安定である。

電気エネルギーがより安定な熱エネルギーに変わるように、高いエネルギーを持つものは低いエネルギーのものに遷移しようとする。

高エネルギーの羞恥心を脳ミソの中で飼うよりも、悪くもない相手を対象に怒りを出現させる方がずっと楽なのだろう。

だから怒りはコンマ何秒、一瞬の内に羞恥心に取って代わり、その男を頭の中で殴りつけたのではないだろうか。

次の駅で隣の女と俺を注意した男が同時に降りた。二人は夫婦らしかった。

俺は女が男に、俺を注意するように言ったのだと思った。

 

俺は2回目の乗り換えをした。

優先座席に深く腰掛ける。端に座って、必要な人が乗ってきたら席を譲ろうと思う。

ここは終点駅だ。出発まで5分以上時間がある。

隣に作業服の男が座ってきた。その隣には女が座っている。二人は知り合いのようだ。

俺は音楽の音量を下げる。

目的の駅までは24分。駅からは5分歩いて5分自転車に乗る。

歩きながらタバコを吸おうか、自転車に乗りながら吸おうか。

家に帰ってからは吸いたくない。親や兄弟に見られたくないからだ。

俺は21歳にもなって初めてタバコを吸いだしたことをカッコ悪いことだと思っている。

停車した駅でスーツを着た大人が沢山乗ってきて、俺の前で吊革を持つ。

車窓からの景色は見えなくなる。

隣の男の作業服からは酸っぱい汗の臭いがする。

 

今日、俺は香水をつけた。

数日前、兄に昔貰ったものをふと見つけた。

海外のお土産らしい。ゲームに出てくる鳥のキャラクターがモチーフになっている香水だ。緑、赤、黄、黒の四つのキャラクターを象ったガラス中に様々な匂いの液体が入っている。鶏冠が蓋になっていて、それを外す度に匂いの強い液体が床に2、3滴零れ落ちる。

黄色の鳥は鶏冠を上手く被っていないまま放置されていて、中の液体はドロドロと濃い黄色なって底にへばりついていた。逆さにしても何も垂れてこない。

シャワーを浴びた後、緑色の鳥に入った液体を首と髪に少し付けた。 

 

音漏れは注意してもいいが、作業服から溢れる汗の臭いを注意してはいけない。

音量を調節するボリュームスライダーはあるが、汗の量を調節するものはないからだ。

車内放送が聴こえる。

次が俺の降りる駅だ。

帰り道、タバコを2回吸うことに決めた。