LIFE’S A BITCH

通学電車内の暇潰しっす

リプライ

イイ文章書くなぁ

ってのが初めの正直な感想

手紙を送り返す気は初めからなくて、この文章ですら書こうとは思ってなかった。

でもあまりに美しい文章だったもんで、俺も書きたい、正直動機はそんなもんだったけど、一応書き残そうと今この文章を書いてる。

 

あの手紙の中で、関わるたびに俺に対する嫌悪が増幅していくなんてことを書いていた。

続けてその攻撃的な感情が何処から来るのかわからないってことも書いていた。自分に余裕がないからなのか、毎日来る電話に嫌気がさしたのか。出所がわからないと。

でも本当は分かっているんじゃないかと俺は思う。

 

俺はここ何年も、自分の頭で感じた抽象的な感覚や思考をお前に話し続けてきた。

それらの非常に抽象的な物は頭の中で立体的な形を持たず、宇宙に散った星雲のようにふわふわと頭の中を彷徨うだけで具体的なイメージを掴むことができない。

そんな物を言葉や文章に具現化するのは非常に難しくて骨が折れる。

文章にすることはだれかに話すよりも随分と時間が掛かるから俺はあまり文章を書くことがなかった。

さらに俺はかなりの傲慢であるが故話せばいつでも聞いてくれる相手がいると思っていた。

でもそんなやつは俺の友達に一人しかいなかった。

いつもお前にそんな話をするとき、文章を書くほどではないが時間が掛かった。とてもスムーズな会話といえない不恰好な会話をした。

なぜそこまでして話をしたいのか。それは簡単なことで、頭の抽象物を言葉に具現化することでそれまでボヤけていた思考や感覚がクリアになるからだ。

だからいつもお前に何かを話すと、それまで頭の中をただ彷徨っていただけの星屑がある一定の意味の範囲で引き合い、大きな星となって意味を持ち始めた。

さらにその星は今後の思考や行動の指針となって俺を導いてくれた。

それまでただの抽象的なイメージの塊だったものが話すことで立体的な形を持ったんだ。

でもこれはだれに話しても同じということでは当然ない。

お前は俺の不恰好な言葉をじっくり聞いて、理解して、更に言葉が足らないところがあればいつも補完してくれた。

それはほんとうにすごいことだと思う。大学の講義の内容を要約したものを添削するなんてレベルでは全くない。

俺のイカれた頭で23年生きてきて感じたクソ抽象的なイメージを無理矢理日本語に変換した、他の誰にも伝えることの出来なかった話を理解した上で補完までできるんだから。

だからお前と話した時は抽象的イメージに立体感が出ると同時に、俺の言葉が伝わる、俺は一人じゃないんだ、という自己肯定感を強く持つことができた。本当に心が繋がるという意味がわかった。

 

俺たちは多分よく似た人間でもない気がする、お前は手紙にそう書いたけど、俺は今でも似た者同士だと思う。

何もこれから距離を取るお前をこの言葉で縛ろうとする気なんてさらさらない。

ただ、単に、よく似た人間でないとここまで心が繋がることは出来ないと思うからだ。会話していると、言葉だけから感じ取ってるんじゃなく頭を直接見ることができているんじゃないかとすら思うこともあった。よく似た人間同士でないとそんな芸当は出来ないと思うんだ。

だから俺への嫌悪感の出所が俺には少しわかる気がする。というよりお前自身も本当は分かっているんじゃないかと思う。

自分の心の余裕の無さ、しつこく掛かってくる電話、俺の憎たらしい笑顔、傲慢な態度、スカした生き方、

この何処から来るのか、

何処かからではない、強いて言えば全てからだ。

全てが重なり合って、増幅し合って、全てに嫌気がさしているのだと俺は思う。

中学1年の時の梅雨、仲のいい友達全てに嫌気がさしたことがあった。俺自身毎日降る雨にうんざりしていたし、そんな中毎日毎日傘をさして歩く通学路が堪らなく憂鬱だった。なんとか我慢して歩き、教室の扉を開ければいつも友達が笑顔でくだらない話を聞かせてきた。

我慢の限界だった。

そいつの表情、声や態度、思い出、全て、そいつの全てに腹が立ち、降り止まない雨すらもそいつのせいにして八つ当たりをした。

攻撃的な感情の発生する原因、それは俺の全てであり、強いて限定していうならばタイミングだと思う。

鬱病、しつこい電話、フラッシュバックする顔や声や思い出、全部が悪いタイミングで重なった先に俺への嫌悪感を見つけたのじゃないかと想像する。

本当はお前も気づいているのじゃないかというのは俺の買い被りかもしれないし、そもそも全く見当違いなことを書いてしまっているかもしれない。でも本当に俺が言った通りタイミングの問題だとすれば、俺との距離を置くというのは感心するほど合理的な解決手段だと思う。頭の良いお前はそれに気がついて距離を置こうとした気がする。本当は気づいていたと思うのはそういう理由だ。

 

手紙に返信する気が初めからなかったのは、このタイミングで返信を読んでしまったら、お前のことを全て分かったように書いたこの傲慢な文章にきっと嫌悪すると思ったらからだ。

だからきっとお前が読まないであろうここに書き残すことにする。

 

最後まで傲慢な文章になってしまって申し訳ない。

でもいつかスーヴラクピンクフロイドのレコードに針を落とす日が来ることをを楽しみに待っています。

 

白井洋平

19/8/6

 

落書き

あえて読みにくくしてさ、散文というかポエムというか、小説ではないし自己啓発では絶対ない。統合失調みたいな文章に美しさがあるんだよ。雀荘の客はボンクラばっかりで、どっちかに偏ってる。金持ちの経営者か借金のあるフリーター、僕はどっちでもないけど、いやクレジットカードの返済がまだ8万あるからたぶん後者だね。毎日携帯と家の固定電話に着信がある、留守電も入るし督促の手紙だって来る。今はビール飲みながらこの文章を書いてるけど、ションベンしてオナニーしたらタバコ吸って寝る。退屈な時ってのは本当に小さい希望を追うんだ。ああ、この本あと1節読んだらオナニーしようみたいな。オナニーした後タバコを吸おうみたいな。希望ってよりかはこの後どうやって退屈を凌ぐか、次にやる事を思い付くみたいな感じかな。思いついた時、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気分が上がる。そうでもしないと死んでしまうほど退屈なんだ。パチンコで3万スっても、帰り道に、ああ帰ったらマリファナを吸おうみたいなそんなくだらない事だけど。言いたいこと忘れたや。別に今はマリファナ吸ってるわけじゃないけど。いや、元々言いたいことなんてなかったかもしれない。どうでもいいけど僕は幸せになりたいんだ。幸せになりたいのはみんな一緒だけど、幸せって何?って聞いてもみんな答えられない。僕はある程度自分の中で幸せの定義がしっかりしていると思う。選択肢だと僕は思う、選択肢が多いことが幸せなんだ。好きな友達がいっぱいいるとかそんなことだけど。たとえば好きな友達と遊んでる時に別の好きな友達から電話が来て暇だったら遊ぼうぜ、なんて言われるの僕は幸せだよ。

お金を沢山持ってることが幸せの条件だとは思わない。だけどたとえば友達と遊んでる時にお金がなくて一皿百円の回転寿司にしかいけないのと、お金に余裕があって一皿千円のカウンターだけの寿司屋で日本酒を飲めるのではたぶん後者の方が幸せだと思う。大事なのは選択肢の多さなんだ。金がある人はカウンターだけの寿司屋しか行けないって言うんならあまり大差がない気がする。だけど金があっても回転寿司には行けるからね、金がないとそれしか選べない。1が1+になるじゃなくて1が2になるんだ。当たり前だけど結構大事なことだと思うよ。

なりたい人ってそんなにいないけどなりたくない人なら沢山いる。友達に聞いた話だけど、姫路の安い居酒屋でバイトしてるとホントにひどい客がいっぱい来るって言ってた。酒もソフトドリンクも焼鳥も胡瓜の浅漬けも、全品300円の居酒屋なんだけど、酒とジュースがなんで同じ値段なんだとか、この料理が不味いとか量が少ないとか、そんなようなことを毎日言われるって言ってた。全品300円の店なんだからそんなこと言ったって仕方ないだろって僕は思うけど、彼らはあまりお金持ちじゃないんだ。もっと良いサービスが必要なら他の店かもう少し高い店に行けばいいだけなんだけど、彼らには安い店しか選択肢がないんだ。そこしか選べないからそこで文句を言うことしかできない。僕は彼らみたいにはなりたくないと思う。なりたい人はあまりいないけど、なりたい人となりたくない人、両方いる人の方が幸せだと思う。選択肢が多いからね。

Heroin

アルミ製のキャップをライターでジリジリと炙る。キャップの裏を煤で黒く汚しながら、スパチュラで丁寧に測ったシュガーが中でゆっくりと融けてゆくのを見つめた。堪らず脳汁が浸み出す。焦げ茶色の粉が融けて半分が透明な液体に変わるように、脳内の白質のちょうど半分が融けて脳汁に変わった。
テルモのプランジャーを押し込み、傾けたアルミ製のキャップの底に針を落とす。全て透明に変わった液体をシリンジ内に充填し、慎重に空気を逃した。
光沢の無い黒いゴムチューブを左肩に三度巻きつけ縛ったあと、アルコールの染み込んだコットンで腕を消毒した。

いよいよだぜ。

青く浮き出した静脈に照準を合わせる。FPSで200メートル先の敵の頭をスナイパーライフルで撃ち抜くのよりはずっと簡単だ。
いつもの3倍肥大した静脈に注射針がぬるっと突き刺さる。
親指と薬指でバレルを固定し、人差し指と中指で掴んだプランジャーをゆっくりと押し込んでゆく。
0に向かって目盛を通過していくガスケットを集中して見つめる。

ガスケットがシリンジの先に到達した頃、すっと目を瞑った。熱い。熱く煮えたぎった血液が左腕の血管を通って心臓を経由し、左心室から大動脈を通り脳へと急行する。100℃の血液はグツグツと沸騰しながら全身を駆け巡り表皮からは熱い湯気が立ち昇る。拡大した瞳孔は目の前でギラギラと光る無数の星を見つめ、身体は他の惑星に来たかの如く重く、ソファーに腰を減り込ませる。全ての臓器が熱く蒸気を上げながらヘロインを代謝するボイラー室に変わり、汽笛を鳴らしながら活発に躍動し始めた頃、200℃で沸騰する灼熱の血液は脳を灼き、真っ黒の煤が、頭蓋骨の裏側にその模様を映した。

ボリューム2

気分は相変わらずクソだ。
今の気分は退屈や怠惰なんて言葉じゃ到底説明出来ないほどの代物だ。

イヤホンを引き千切りたくなるほど音楽にも退屈している。

死んだ目をした学生や馬鹿なサラリーマンでごった返す地下通路を歩く。

どけよ、たらたら歩くんじゃねぇ

何人にも肩をぶつけて歩く。

The VerveのBitter sweet symphonyのミュージック・ビデオみたく、早足で歩く方が気分はいくらかマシだ。

電車に乗る。満員だ。

何匹もの豚が間の抜けた顔で吊革を掴んでいる。
優先座席に深く腰掛けているババアを退かす。

どけよ、てめえはまだ元気だろ。

オレは病んでるんだよ。
何がって、心に決まってんだろ。

次の駅で夫婦が隣に座って来た。
オレは音楽の音量を上げる。

横の男が音漏れを注意する。
オレはさらに音量を上げる。

てめえが耳を塞げ。

この世界は様々な音で溢れている。

コインロッカーベイビーズのハシは、テレビから聞こえる音は全部豚の鳴き声だと言っていた。

テレビの音だけじゃない。

うんざりするほど沢山の種類の音で溢れている。
しかもそれらはバキュームカーがボットン便所のクソを吸い上げる音と同じだ。

オレは、雨の音も風が吹く音も、波が岩に打ち付け砕ける音も、人間の喋る声も電車アナウンスも、睡眠薬を奥歯で噛み砕く音も、誰かの笑い声も鳴き声も、バスが発車するエンジン音も、聞きたくない。何も聞きたくないんだ。

怒りや羞恥心、嫉妬や欲望、様々な感情のエネルギーを司るボイラー室はすでにオーバーヒートしている。

もう何も考えられない。
帰り道に煙草を何本吸うかも考えられない。

あれから煙草を毎日1箱吸う。
すっかりヘビースモーカーになった。
親や兄弟もそのことはとっくに知っている。

香水も今日はつけなかった。

吊革を持つ作業服の男からはバキュームカーよりも酷い臭いがする。

そいつを殴りつけた。
どけよ。
自分の臭いぐらいてめえで調節しやがれ。

最寄駅に着いた。
停車のアナウンスも、豚がオレの陰口を話す声も聞こえない。

考えるのも面倒臭い。
帰り道、煙草は好きなだけ吸おう。

   夜十二時を少しばかり過ぎた頃、日が昇るまで片付かないと思われたほど高く積み上げられていた食器やグラスは殆ど洗われ、ロリーとマテオがそれらを照明が落ちた2階席やパーティー用のバックルームの棚に運んだ。
 俺は最後まで残った、ロブスターや蟹を茹でるための馬鹿デカい鍋を洗い始める。
 真っ黒の煤がまるで半年間掃除されていない箪笥の上に溜まった埃のように鍋の裏底を覆っている。
 壁や床を汚さないように、そっと鍋を持ち上げ積もった煤をゴミ箱の中に丁寧に落とした。
そのあと、粉末クレンザーをたっぷりとかけ、少し水で濡らした鉄束子で何度も擦った。
 手の空いたディッシュウォッシャー達はオレンジの香りがする洗剤で壁を拭いたり、牡蠣の殻やロブスターの爪で一杯になったゴミ袋をまとめ、表の通り沿いに置かれたコンテナの中に放り投げに行った。

   レストラン全ての椅子がテーブルの上に逆さに積み上げられ、床の掃き掃除とカウンターの拭き掃除を終えたウェイター達は割り切れなかった今夜のチップを賭けて、赤ワインのコルクをバケツに向かって順番に投げあっている。

 全ての食器とグラス、フォークやスプーン、ナイフを洗い、壁と床を拭き、ゴミを出し、ディッシュウォッシャーマシーンの電源を落とした俺達はゴミ用コンテナの鍵と引き換えにウェイターから一人一杯ビールを受け取った。
 タイムカードの代わりに用意された貧相なノートに自分の名前と今日の出勤時刻、終了時刻を30分水増しして順番に書き入れた。

   スペアの鍋やフライパン、海老を凍らせておくための冷凍庫に、大量の氷を蓄えた三台の製氷機。15ozや18ozの様々な大きさのグラスが入った段ボールに囲まれた、物置き兼更衣場。

 革が破れ黄色いクッションが飛び出した椅子と並んで、ガタガタの丸テーブルが一台ぽつんと置かれている。
 仕事終わりにいつもこの場所で、ディッシュウォッシャーとキッチンスタッフ数人がビールを飲んだり、ジョイントを回したりした。
 この部屋の名前は誰も知らなかった。何と呼び合っていたのかも覚えていない。だから“物置き兼更衣場”と書きようがないが、居心地の良い場所だった。
 椅子は一つしかなかったので、椅子を取れなかった者はクーラーボックスに腰を下ろしガタガタのテーブルでビールを飲んだ。

   名前と労働時間の記入を終えビールを持って“物置き兼更衣場”に行くと、一時間先に仕事を終えたキッチンのウィリアムが例のようにビールを飲んでいた。
 マテオはビールが飲めないので、貰ったビールはいつも彼に渡した。

   誰かが鞄からマリファナを取り出して、グラインダーとペーパー、それにフィルターにする為の適当な紙をセットにして俺に渡す。そしていつも俺が巻いた。
 みんなは俺が巻くジョイントが好きでそうするのか、単に巻くのが面倒だから俺に任せるのかわからなかったが、俺はジョイントを巻くのが嫌いではなかった。

   その日はマテオが鮮やかな緑色に膨らんだパケを俺に渡した。
 黒のマジックで「Pink Kush」と書かれている。インディカが強く、重たいウィードだ。

 パケを開いて匂いを嗅ぐ、黄緑色のバッヅに絡みつく黄色いヒゲ。それを煤のようなキーフが覆い、全体が粉を吹いている。
 匂いを嗅ぐだけで仕事のストレスや責任感が薄れた気がした。
 中学の頃、誰かがいつも持ってきた太い瓶に詰まった正露丸、瓶を開いて匂い嗅ぐだけで腹の痛さが少し退いた。そんな感覚に似ている気がした。

   半分ばかり千切って残りをパケに戻し、ベタベタで回りにくくなったグラインダーで丁寧に砕いた。
 OCBのペーパーを一枚広げて左端にフィルターを乗せる。グラインダーを真ん中で分解し、砕かれたふわふわのバッヅを丁寧に敷き詰める。
 詰め過ぎず、そして緩めすぎずペーパーの中で均等に緑の花穂を固めてゆく。
 ノリを舐めてくるっと巻き、巻ききれずジョイントの先から飛び出した花穂をイヤホンの先を使って丁寧に押し込んだ。

 ジョイントを4人で一周回し、二週目に差し掛かる頃、ウィリアムがいつもの韓国人に電話を掛けだした。

 ジョイントの先からは濃い煙が絶えず吐き出され、部屋の天井を白く霞ませた。

 

   10分してから黒塗のセダンに乗って一人の韓国人が現れた。歳は同じくらいで、名前はロバートか、そんなような名前だったと思う。
   韓国人は英語圏の国に出るとき、英語の名前を自分で決める人が多いと聞いたことがある。語学学校に行っていた頃、同じクラスの韓国人から聞いた。韓国語での名前は英語を話す人間にとっては少々聞き取りづらく、発音しにくいらしい。

 彼は自分の名前をライアンに決めた。兵役を終えた翌年に国を離れたと言っていた。

   ロバートか、そんな名前の韓国人が、オレンジ色のピルケースをポケットから取り出し、ザナックスを1錠5ドルでウィリアムに売った。
 ロバートかそのような名前の男はウィリアムと5分ばかり何かを話し、煙草を一本吸い終えると黒いセダンを再び走らせた。
男はひどく訛りのある英語を話した。

   ウィリアムは50ドル紙幣を男に差し出し、代わりに受け取った錠剤を一つ無言のままビールで流し込み、残りの9錠を裸で上着のポケットに突っ込んだ。
 彼は薬が効いてくるまでの間、インディカの強いマリファナを吸い、ゆっくりとビールを飲んで待った。
   ウィリアムのスマートフォンからは美しい音楽が聴こえた。彼の掛ける音楽はいつも素晴らしかった。どんな曲を掛けていたかはまるで憶えていないが、彼の掛ける音楽も、曲について彼が話す言葉も美しかった。

 

   三本目のジョイントを回し終えた頃、ウィリアムが落ちそうな瞼の奥で赤く充血した眼をゆっくりと俺に向けて、静かに言った

「やっとクスリが効いてきたぜ」

 

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ホーム

駅のホームでタバコを吸う。電車が到着するまで3分あまりだ。

時刻は18時をとっくに回り、昨日から全学部の授業が始まったせいで駅のホームは帰りの電車を待つ学生で溢れている。

改札から100メートル離れた、ホームの一番端の簡易喫煙所スペースは分煙の意味を成していない。その直ぐ前にまで電車を待つ学生が列を作っているからだ。

俺の1メートル前で談笑する二人組の男の一人が俺の吐いた煙を顔に受けて嫌な顔をする。もう一人がそれに気づいて俺の方を一瞬見たあと視線をすぐに戻した。

各駅停車の普通電車は午後18時33分に到着予定で、左腕につけた腕時計は18時30分を指している。

よれたセカンドバッグを持った初老の男がスマホを弄りながら、黄色い点字ブロックの上を歩いて簡易喫煙所に近づいて来る。右のポケットから青いパッケージのタバコを取り出し、一本を咥えてライターで火をつける。電車が到着するまで2分あまり。半分も吸い切れぬ間に火を消さなければいけないだろうと俺は思った。

男は頻りにスマホの画面見つめている。何を見ているのか気になったが、俺の方からはスマホの画面は見えない。

急行電車が喧しいクラクションをホームに響かせながらものすごいスピードで通過する。窓からはスーツを着たサラリーマンが隣のサラリーマンとお互いの立ち位置を奪い合うようにして吊革に掴まっているのが見えた。

電車は一瞬で通過したので表情は確認できなかったが、あの男は死んだ目をしていたと思う。

前の男はタバコを吸うことも忘れてスマホの画面を見ている。左手でスマホを持ち、右手の人差し指と中指でタバコを挟みながら同じ手の親指で器用に画面をスクロールしている。男のスマホの画面から漏れる光がタバコの灰を黄色や赤に変える。

その男はタバコに火を付けてから一度も灰を落としていない。タバコの4分の1程が灰に変わったところで、今にも白い先端がぽろっと折れて画面に落ちそうだ。

ベージュのノースリーブに、膝の下まで伸びた紺色のスカートを履いた女が早歩きで通り過ぎる。ホームの一番端にある柵の前で足を止め、スマホを使って写真を撮っている。

まだ少し明るさの残った夕空が線路上に無数に伸びた鉄骨をシルエットに変え幻想的な光景を作っていた。女はそれを写真に残したかったのかもしれない。

オレンジと白のツートンカラーの、他のどの電車とも違う形のした、先頭車両が滑らかな曲線を描いた特急電車がさっきの急行よりも速いスピードで通過した。

俺の吐いた煙が大きく揺れ、二人組の男の方に流れる。女のスカートは風で少しはだけたが写真を撮るのをやめない。二人組の男の一人が俺の方を見て小さく舌打ちをした 。もう一人は気まずそうに下を向く。スマホを見ていた男が画面から視線を移しスカートの女の太ももを見つめる。電車の到着を知らせる放送が鳴る。女が振り返り列に向かって歩き始める。俺はタバコの火を消し、男は視線をスマホに戻す。男のタバコの灰が溢れ、スマホの液晶を白く汚していた。